コラム > 2017年12月

「保育施設を“迷惑施設”とみなす悲しい現実に涙する」

(2017年12月26日)

「お寺の隣には幼稚園(または保育所)があるのが普通」。
少なくとも私には、こんなイメージが刷り込まれている。自分がそうだったからかもしれないが、実際にそういうケースは少なくない。どうやら、寺子屋のあった時代からの歴史的関連があるらしい。

その「お寺」と「保育所」の両方が、いまや“迷惑施設”の一種とみなされることが多いことを知り、心底驚いた。

年齢のせいもあるが、今年は法要などで寺に出向くことが多かった。その寺には、やはり寺が運営している幼稚園がある。親しくなった住職と少子化問題などを話しているとき、住職が悲しげに語ってくれたのは、こういうことだった。

「少子化で幼稚園の児童数は最盛期から半減しました。経営は苦しいですが、それは仕方がない。残念なのは、周辺の住宅から、『寺は墓があって辛気臭いし、線香の匂いが臭くて困る』とか、『幼稚園はうるさい。給食の匂いも迷惑』という人が増えてきたことです」。

「寺や幼稚園の近所に自分で越してきておいて、何て勝手なことを言うのか」と不思議に思ったが、こういう意見が堂々と出るようだと、保育施設の新設は難しいだろうなと考え、少々サイトで検索した。すると「近隣住民の反対で保育施設の新設が白紙に」などという悲しい記事が出ること出ること。

理由は、1)子どもの声や親の立ち話でうるさくなる、2)送り迎えで交通量が増えて危険、3)保育園建設で地価が下がるのが心配、らしい。特に3)は、保育施設が迷惑施設であることを明確に示している。

政府は現在、消費税増税分の使途変更で8000億円を幼児教育無償化に使うことを12月に閣議決定するなど、待機児童問題対策に本腰を入れようとしている。先行して厚生労働省は、2020年までに保育の受け皿(保育施設数)を32万人分増やすなどのプランを公表した。保育施設に不可欠な保育士の待遇改善にも取り組んでいる(自治体からはあまりに遅いとの声もあるが)。

少々ピントはずれだったり順番がおかしいのでは、という意見も多いが、自治体とともに国も力を入れようとしていることは確かだ。

しかし、東京近郊圏の自治体では、肝心の保育施設建設に必要な土地は、もう住宅地内にしか残っていないところが多いのではないか。気になって埼玉県のある都市の福祉部局の幹部に聞いてみたところ、「全くその通りです。今でもあらゆる跡地を探し回っていますが、候補は住宅地にある場合が大半。実は私の業務の半分は、保育施設設置に関する“近隣地域の方々への御説明”なんです」と言う。

極論すれば、市の児童保育関連部局のコストの半分は、「保育施設建設、絶対反対」と声高におっしゃる方々の対策に使われていることになる。もちろん税金だ。

こういう方々は、きっと幼少時代、幼稚園や保育園のお世話になったことがないに違いない。亡くなられる時も、お寺やお墓とは無縁なのだろう。いや、お墓に眠っておられる方は、多くの場合は会合したり騒いだりはしないはずなので、隣に作られるなら墓地がピッタリか。

待機児童問題だけでなく、少子化対策や児童の教育費負担といった課題は、「素晴らしいプラン」や「多額の資金投入」だけでは解決しない。根っこにあるのが、「自分さえ良ければいい」という人間の負の側面の露出であり、それを制御するすべを人類はまだ手にしていないのだから。


宮嵜清志(株式会社テクノアソシエーツ 取締役 副社長)

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